代表プロフィール
小笹通典について
京都・滋賀の中小企業の「社外Web担当」をしています。
誰でも同じようなものを作れる時代になったからこそ、作り手が誰かで、出来上がるものは変わる。そう考えて、ここに自分のことを書きました。

オフィスピコッツ株式会社 代表取締役。2002年創業、25年目。
本社は京都市、営業所は南丹市、暮らしているのは大津市です。
AIの時代に、なぜ「人」なのか
いま、私はAIを「社員」として使い倒しています。ホームページも文章も企画書も、AIに頼めばそれなりのものが出てきます。25年この仕事をしてきて、正直、驚くほどの精度です。
それでも思うのは、AIはあくまでAIだということです。将来どうなるかは分かりませんが、現時点では、人のような感情や空気感までは感じられません。
誰でも同じようなものを作れる時代になるほど、経験や信条、思考から出てくる態度や文面が効いてきます。それは人それぞれです。成果物にオリジナリティがあるか、その人独特の「ゆらぎ」があるか。不安定な人間に伝わったり、刺さったりするのは、そこの部分だと考えています。
だから、作り手に求められるのは、結局のところ個性とアイデンティティなのだと思います。ここから先は、私という人間がどこから来て、何を大事にして働いているかの話です。
いま何を考えて、どう判断しているかは、コラム「社外Web担当の頭の中」に書いています。

やんちゃな子ども時代から、教壇を目指した学生時代へ
奈良県橿原市で生まれました。子どもの頃は、剣道と野球に打ち込むやんちゃな少年でした。高校に入学した直後に父を亡くし、母子家庭で育ちました。
京都教育大学で社会科を学び、教員を目指しましたが、時代は就職氷河期。そもそも採用の門がほとんど開いていませんでした。大学院に進学します。学費は免除でしたが生活は厳しく、大学院2年を終えたところで休学し、働くことを選びました。そのまま退学しています。
最初の職場は大手の進学塾。在籍中に会社は上場しました。その後、インターネット関連の会社に移ります。パソコンには大学時代に出会い、「むちゃくちゃ便利だ」と素直に感動したのを覚えています。
社長が、いなくなった
転機は突然でした。勤めていたインターネット関連会社の社長が、失踪したのです。会社は事実上の倒産へ。労働基準監督署の指導のもとで整理が進む間、私は無給のまま顧客対応を続けました。放り出された形になるお客さんを、放っておけなかったからです。
すると、不思議なことが起きました。無給で対応していたお客さんたちが、「これからも頼みたい」と仕事を依頼してくれるようになったのです。雑貨販売のお店、京都の老舗、ネット販売の会社。ホームページの運営が中心でした。その流れのまま、2002年、独立します。
とはいえ売り上げはほとんどなく、どうすればいいかも分からない、不安な日々からのスタートでした。
社名の「ピコッツ」は、子どもの名前をエスペラント語で表した単語に「ozasa」を組み合わせた造語です。頭に「オフィス」と付けたのは、当時、少しでも信頼してもらいたかったから。今となっては、正直な名前だと思っています。
起き上がれなくなった日と、お互い様の精神
25年の間には、ある日突然、起き上がれなくなった時期がありました。
持ち直せたのは、いろいろと付き合い続けてくれた家族のおかげです。そしてもうひとつ、忘れられないことがあります。当時それほど親しかったわけでもない、ある取引先の社長が、忙しい合間を縫って、ほぼ1年間、一緒に遊んだりご飯を食べたりして過ごしてくれたのです。動けるようになったのは、この時間があったからでした。
サーバー会社の大規模な障害でお客さんのデータがすべて飛んだときは、即日の復旧に走りました。大震災のときも緊急対応に追われました。全国規模の組織と初めて取引したときには、ずいぶん鍛えられました。
それでも続けてこられたのは、本当に困ったときには誰かが助けてくれたからです。だから、困っている人がいたらできるだけ助ける。お互い様の精神が、この仕事の土台になっています。会社は小さな体制ですが、スタッフや外注さん、パートナーに助けられて成り立っています。
仕事の進め方で、決めていること
いきなり「作り直しましょう」とは言いません。まず今の状態を整理して、どの方向に進むべきかを一緒に判断するところから始めます。
予算の規模に合わないことは提案しません。大きな提案が正解とは限らないからです。
補助金も、「使えます」からではなく「使うべきか」から一緒に整理します。
社外の担当者として、無理なく続けられる形を一緒に探す。それが私の仕事だと思っています。
仕事以外の顔と、これまで
好きなのはSUPERBEAVERとOfficial髭男dism。ライブに行くのが何よりの楽しみで、チケットの当落に一喜一憂しています。カレーはかなり食べます。
暮らしているのは大津市で、仕事は京都と滋賀を行き来しています。争わず、楽しく。せっかくの人生なので、仕事もそのつもりでやっています。
- 出身
- 奈良県橿原市
- 学歴
- 京都教育大学 第一社会科学科 卒業
- 経歴
- 大手進学塾/インターネット関連会社を経て、2002年5月16日 オフィスピコッツ創業
- 拠点
- 京都市下京区(本社)/京都府南丹市(南丹営業所)/滋賀県大津市在住・滋賀県全域に出張対応
- 認定
- 京都産業21 登録専門家(2026年4月・No.46)
滋賀県DX協創パートナー(2026年7月) - 運営メディア
- 京都・滋賀プレスリリース(localpr.jp)
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- @ozasamc
