句読点まで、100%で考えている

頼まれて書く文章は、句読点の位置や数まで考えています。

読点を打つか、打たないか。ここで文を切るか、つなげるか。一つ一つ決めて、100%のつもりで出しています。

だから、困ることがあります。断りなく書き換えられることです。文字数が多いから。雰囲気が合わないから。そういう理由で、黙って手を入れられる。

書き換えられること自体が嫌なわけではありません。理由を言ってもらえれば、それを踏まえて、もう一度100%で出し直します。文字数を減らす必要があるなら、減らした形で考え直す。雰囲気が違うなら、どう違うのかを聞いて書き直す。

困るのは、黙って変えられることです。

逆の立場でも、同じようにしています。

自分が頼んで書いてもらった文章は、基本的にそのまま使います。変えたいところがあれば、勝手に直さず、理由を添えてまず相談します。

相手が100%で考えて書いたのかどうかは、こちらからは分かりません。深く考えずに書いたのかもしれない。それでも、聞いてみれば分かります。聞くことに、デメリットはありません。

ホームページの仕事でも、お客様に原稿をお願いすることがあります。届いた文章を、ページの都合で直したくなることもある。そういうときも、黙っては直しません。どこを、なぜ変えたいのかを伝えて、相談してから手を入れます。

文章には、書いた人の判断が入っています。句読点一つにも。

自分がそう思って書いている以上、人が書いたものも、そう思って読むことにしています。

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